pepsikohei’s blog

三重の社会人2年目が気ままに日々の出来事や考えたことについて書いてます。よろしければどうぞ。料理・お酒・劇・本・生活など

小説『また、同じ夢を見ていた』を見ていた。

君の膵臓が食べたいでおなじみの住野よるさんの小説『また、同じ夢を見ていた』を読んだ。

友達に薦められて読んだ次第であったが、感想からいうと素敵な物語であった。

ファンタジーであるような、現実であるようなふわふわとした雰囲気の小説だった。

主人公は周りより少し賢くて、ちょっと自分のことを特別だと思っている少女。賢くなれば幸せになれるという考えのもと日々を過ごしていた。

物語はこの少女が色んな年代の人に会って、会話をする中で人生について、幸せについて考えていくというストーリー。

とても感動したのだけれど、なんとなく釈然としないもやもや感が残っている。

現実にはこういったことは起きないし、実際にはこの少女のようには生きていけない人が多いこの世の中で、共感が多いのは、この物語で登場する少女のように幸せについて一生懸命考えて、その自分なりの答えを導き出そうとする姿が昔の自分に重なるからなのではないかと考えた。誰しもが一度、自分の幸せについて考えるが、時間が経つにつれてそれを考える事よりも優先してしまうことが増えていく。

その中で忘れていた『幸せについて考える時間』をこの物語を通して思い出し、多くの共感を呼んでいるのではないか。

 

私がこの物語から感じたのは、1つである。

人は自分の後悔についてあまり話したがらないが、人生においてそれに向き合うことは大事である。この物語から得た一つの良い方法は、人の相談に乗ることである。特に、自分より若い人、例えば後輩であったり、子どもたちだ。彼らの悩みに向き合うことが、自分の後悔に向き合うことにつながり、自分の未来への選択のヒントとなるはずだから。

 

これを書いていてもう一つ得たものがあったことに気付いた。それは上の年代の人に話を聞くことだ。今の時代、会話自体が減っている中で上の世代の人に相談したりする機会は減っている。しかし、彼らの過ごしてきた時間に自分がこれから歩む道の大きなヒントが隠されているはずだ。そのヒントを得て進むのと何も持たずに進むのでは、その後の選択が大きく変わるだろう。

 

人はどうしても所属意識が欲しいから

年齢で分けたがる。でも、実際には過ごしている時間やこれから過ごす時間はそう大きくは変わらない。だとすれば、どれだけ時間を過ごしたかよりもどんな時間を過ごした人がどう考えるのか、どんな人生を歩んでいるのかを知ることの方が大事である。それだけで過ごした時間を凌駕する情報量になるし、糧になる。

自分とは違う世代に歩み寄ることでいろんな話を聞こう。それは相談という形でもいいし、バカ話でもいい。